聖書によると、現在地球上にいるすべての人間は、ノアと妻、そしてノアの三人の息子とその妻たちの子孫です。そしてさらにさかのぼると、アダムとエバとなります。人種には明らかに違い(肌の色など)があることから、聖書の記録は間違っていて、そのような多様性は何万年もにわたって生じたとしか考えられないと言われます。
ある意味で人種はたった一つ--人類です。聖書には、神様がひとりの人からすべての国の人々を造り出した」(使徒 17:26)とあります。聖書では、肌の色や身体的な外面によって人を区別するのではなく、族や国というグループによって区別します。「人種」には身体的な違いはあるものの、その違いはそれほど大したものではありません。進化論者でさえ、さまざまな人種は異なった起源から進化したのではなく、すべての人間は共通の個体群の子孫であると言っています。もちろん進化論者はアボリジニや中国人は何万年もかかって、特有の身体的特徴を持つようになったと考えています。

しかし現代遺伝学により、大きなグループで自由に異種交配すると、突然たくさんの小さなグループに分かれ、そしてその小さなグループ内でのみ交配するようになり、急激に種族特有の特徴が生まれることが明らかになっています。遺伝を少し学べば、中間の茶色の両親から、たったの一代で白から非常に黒いものまで、知られている限りのすべての色が生じることがわかります。

聖書には、そのようなことが大洪水の直後に起こったと書かれています。数世紀のあいだ、言語も文化も一つのグループしかありませんでした。ですから人々の肌の色は、極端な色になりにくかったのです。非常に濃い色や白っぽい色の肌も生まれるでしょうが、どちらの傾向の人も自由に、自分よりもっと肌の濃い色の人、あるいは明るい色の人と結婚し、平均の肌の色はだいたい同じに保たれるでしょう。このような状況のもとでは、はっきりとした人種の違いは決して現われないのです。生物学者に知られているように、これは動物にも人間の個体群にも当てはまります。そのような違いが現われるには、大きな交配グループを小さいグループに分け、グループ間では交配しないように小さいグループをお互いから離さなければならないでしょう。

これこそがまさにバベルで起こったことです。大洪水のあと、神様はノアとその家族に、彼らの子孫が地をおおうであろうとおっしゃいました。しかし数世代もたつと人々は神様に背いて、一つの集団として生き続けることをはっきりと決心するようになりました。神様はバベルで、人々が違う言葉を話すようにされたため、人々は地上のあちこちに散らばりました。何を言っているのか理解できない人とは結婚しないようになったばかりでなく、同じ言葉を話す者たちは、違う言葉を話す者たちと関わり合うことも信頼することもできなくなったでしょう。これにより人類は小さな「交配」グループに分けられ、短い期間に特有の身体的特徴を持つようになったのです。

聖書の引用文は新改訳聖書より。日本聖書刊行会の承認済み。

The Answers Bookより抜粋、1992年改訂版、Master Booksより。ケン・ハム、アンドリュー・スネリング、カール・ウィーランド著